活動日誌−活動日誌

【15.04.11】 、「地方創生」論批判

地方創生の限界は、いったいどこにあるのか 自治体問題の権威が安倍政権の政策に警鐘 前野 裕香:週刊東洋経済編集部 記者 2015年4月8日

896市区町村に「消滅」の可能性――。昨年6月に発表された「増田レポート」は、全国の自治体関係者にとって非常にショッキングな内容だった。
自治体問題研究所理事長の岡田知弘・京都大学経済学部教授(地域経済学)は、年の半分を地方での実地調査・ヒアリングに費やし、長年、自治体が抱える問題への助言を行ってきた。岡田教授は、増田レポートが「周到に準備された」と指摘し、その後、具体化された地方創生策についても「道州制に向けたステップだ」と警鐘を鳴らす。増田レポートの公表後、全国の自治体の首長から、講演や助言依頼が相次ぎ、全国を飛び回る日々だ。
これまでの日本の地方活性化策の問題はどこにあったのか。安倍首相は「地方創生」のその先に何を目指すのか。自治体の現状をよく知る岡田教授に、見解を聞いた。

岡田知弘(おかだ ともひろ)
●1954年7月生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。京都大学経済学部助教授などを経て1996年より現職。日本地域経済学会会長、自治体問題研究所理事長。京都大学教授

「増田レポート」が各自治体の危機感をあおった
―「地方創生」の議論を盛り上げたのは、昨年5月に日本創成会議(座長:増田寛也氏)の人口減少問題検討分科会から出た報告、「ストップ少子化・地方元気戦略」―いわゆる「増田レポート」でした。
増田レポートで示された推計は、「2040年までに全国1799市区町村のうち半数の896市区町村が消滅する可能性がある」というショッキングな内容だった。インパクトは大きく、全国の自治体関係者の危機感をあおった。
増田レポートは周到に準備され、タイミングよく世に出た。発表の前に、増田氏と菅官房長官とのすり合わせがあった。菅氏と増田氏は、第1次安倍内閣の時代にともに総務大臣を務めた「ツーカー」の仲だ。安倍首相が目指す、「道州制」についてもよく理解している。
昨年5月の発表に先立って、日本創成会議は、新聞とテレビの主要社に対し、消滅の可能性があるとした自治体のデータを事前送付した。増田氏らの予想どおり、メディア関係者は敏感に反応した。とりわけ地方紙の多くが衝撃を持ってこのデータを1面トップに掲載したことで、自治体消滅、地方消滅をめぐる議論が一気に加熱した。文字通り「ショック・ドクトリン」です。
―このタイミングでレポートを出した狙いがあったと思いますか。
安倍首相の政策を後押しするためで、狙いは大きく2つあった。
ひとつは、増田レポート発表の1週間後、5月15日に発足した第31次地方制度調査会における雰囲気づくりだ。第1回総会で自治体が消滅する可能性を視野に入れた地方制度のあり方について諮問がなされた。
ある委員からは「道州制を見据えた議論を展開すべきではないか」との提言が出て、畔柳会長は「自然に道州制の議論にもなる」と記者に答えた。ちなみに、畔柳氏は、経団連の道州制推進委員会委員長でもある。同調査会の答申を準備する専門小委員会では増田レポートが配布されて、それを前提にした議論が進められている。
「選択と集中」政策を進める狙いも?
もうひとつは、国土交通省で策定中だった「国土のグランドデザイン2050」の情勢認識の前提にすること。今年度から開始される国土形成計画の見直しの基本枠組みとなる社会資本投資の「選択と集中」政策を進めたかったのだ。昨年7月4日に決定された文書からは、人口30万人規模の「高次地方都市連合」の形成や、集落再編の手段として「小さな拠点」構想が盛り込まれたことがわかる。
なお、経済財政諮問会議の「骨太の方針2014」(2014年6月24日に閣議決定)でも、地方創生本部(まち・ひと・しごと創生本部)の設置など、増田レポートを前提とした政策が示された。
増田氏は、『日経グローカル246号(6月16日発行)』のインタビューの中で、「政権が毎年のように替わっているときに(推計を)出しても意味がなく、安定している今がチャンスだと思った」と明かしている。発表直後に、安倍首相にもじかに説明したということだ。
―増田レポートが示した「消滅可能性都市」の予測は妥当なのでしょうか。
データ分析の方法に問題があるため、妥当とは言えない。
まず、このシミュレーションが、「東京への人口の一極集中が続く」という前提に立っていることが問題だ。消滅可能性都市の根拠となっているのは、2005年から2010年にかけての人口移動率から算出した、20〜39歳女性の減少率だ。中長期的な人口波動をみると、人口が東京に集中する時期には波がある。シミュレーションをする際は中間値をとるのが普通だが、増田レポートでは最大値がとられている。
次に、東日本大震災(2011年)後に活発になった、若年世代の「田園回帰」の動きについて盛り込まれていない。東日本大震災後の人口移動のトレンドについては、明治大学農学部の小田切徳美教授らが指摘するように(『農山村は消滅しない』岩波新書、2014年)、都心から地方への人の動きがあることが明白になっている。
一部の自治体がこれまで取り組んできた主体的な取り組みについても、まったく考慮されていない。過疎地域の中には、移住サポートや医療・教育支援を推進してきた自治体があり、実際に人口増加に転じた複数の自治体があるなど、成果も出ている。こうした主体的な取り組みが、今後増えてくるであろうことが推計要因として勘案されていないのだ。
―この分析だけで、自治体消滅の可能性を言うには無理がある、と。
そもそも、20〜39歳女性が半減するという推計だけを基に、自治体の「消滅」を言うのはおかしい。当然だが、自治体を構成しているのは、若い女性だけではなく、ほかの年齢層の女性や男性もいる。
無理な推計を基にするから、「東京都豊島区が消滅する」などという、笑い話のような結果が出てくるのだ。自治体は、住民の代表である首長や議会が、合併などで自治権を返上しないかぎり、消滅することはない。そこに論理的な飛躍、あるいは政策的な意図を見る必要がある。
一方で、メディアに注目されるのはデータ分析の手法ではなく、自治体の半数が消滅する可能性がある、というデータそのもの。非常にうまい見せ方だが、この推計を基に政策や世論が構築されていくことは危険だ。
安倍政権が目指すものとは
―増田レポートを前提とした地方創生策が動き出しています。安倍政権がこの先何を目指しているのでしょうか。
今回の交付金は、一時的な“アメ”にすぎない。短期的に見れば統一地方選対策とも言える。ただ、中期財政見通しの見直しが必要となっており、次の参議院選挙が終われば、交付金を大幅削減するべきとの議論が出始めるだろう。
安倍首相がその先に見据えているのは「道州制」の導入だ。現行の都道府県制を廃止し、10程度の州と州都を置き、基礎自治体も人口30万人程度に大きくくくり直そうというものだ。国は外交、軍事と通商政策、州政府は経済開発や公共事業、高等教育政策、基礎自治体は住民の生活に近い初等教育や医療、福祉を担うという「役割分担」を図るのが狙いだ。今、沖縄県の辺野古で起こっている問題からわかるように、外交・軍事については国の専権事項にしたいということだ。
先の総選挙の際に策定された自民党の「政権公約2014」には、こんな文言があった。「道州制の導入に向けて、国民的合意を得ながら進めて参ります。導入までの間は、地方創生の視点に立ち、国、都道府県、市町村の役割分担を整理し、住民にいちばん身近な基礎自治体(市町村)の機能強化を図ります」。こう明記していることからも、道州制導入までの間のつなぎとして地方創生を位置付けていることがわかる。
―道州制について、安倍首相の思いは強そうですね。
道州制について首相は、第1次安倍政権時代から、強い意欲を示してきた。石破・地方創生担当大臣は、国家戦略特別区担当でもあり、道州制の実現について検討するよう首相から指示されている。
だが、地方の自治体の反発があるので、簡単にはいかないこともわかっている。小泉内閣期に「アメとムチ」の政策で強引に行った「平成の大合併」がうまくいかなかったことで、地方の小さな基礎自治体や県は、道州制を警戒している。
だから安倍首相は、「行政の選択と集中をしなければ生き残れない」という雰囲気をつくり、中枢都市を中心として30万人都市行政体を地方制度と国土計画の両面から行い、道州制導入の地ならしをしているように思える。増田レポートに基づく地方創生論を展開すれば、自治体の首長や世論が、あきらめ半分で道州制や自治体再編を受け入れるかもしれない、という期待を抱いているのだ。
まずは人口30万人圏の都市を軸に、社会資本を整備・集約しようとしている。昨年度、総務省は兵庫県姫路市や岡山県倉敷市など9自治体を「地方中枢拠点都市」のモデルにしたが、これを今年度には60都市に拡張する予定だという。
今年に入り、総務省の「地方中枢拠点都市」と国土交通省の「高次地方都市連合」構想を、「連携中枢都市圏」に一本化することになった。行政サービスの広域連携を推進するものであり、75万人の圏域人口を抱える拠点都市には2億円を交付するという財政誘導付きだ。周辺地域の自治体は「見えない合併」になるのではないかと警戒している。
2005年の合併後も人口減少の浜松市
―「平成の大合併」の弊害は大きかったのでしょうか。
典型は、総務省の中枢拠点都市のモデルとされた静岡県浜松市だ。
静岡県静岡市との都市間競争のなかで政令市になるため、2005年に合併し、1511平方キロメートルの広大な面積をもつ基礎自治体となったが、2009年から人口が減少し続けている。都心部の中区と北部の天竜区で人口減少幅が大きい。中区の人口減少は、ヤマハ発動機など大手メーカーの工場閉鎖や縮小、顧客の減少による中心商店街の空洞化が主因だ。
市北部の天竜区は2005年に5市町村が合併した、944平方キロメートルの広大な区。旧市町村のうち龍山地区はかつて林業で栄えていたが、合併後の9年間で人口が3割以上減った。
広域合併すると、役場が出張所となり、行財政権限がなくなり、職員数も激減する。地域の最大の投資主体が消滅することになり、地域産業振興も住民の福祉サービスも低下し、住民が住み続けることが困難になるからだ。これは、広域合併自治体で共通したことであり、市町村合併を唱導した西尾勝東大名誉教授でさえ、参議院の「国の統治機構に関する調査会」の参考人質疑(2015年3月4日)において「平成の大合併は大失敗」だと認めざるをえなかった。
合併した市区町村への地方交付金は合併特例によって10年間は増えるように見えるが、それ以後は減額され、15年後には合併しない場合よりも減少する仕組みだった。こうなると、事前に職員削減をしなければならず、人口の少ない地域には産業や福祉担当の職員を置くことができない。
東日本大震災や、広島県広島市の土砂災害でも市町村合併の弊害が出た。かつての町村役場の職員は地域の実情や住民の状態をよくわかっていた。だが合併して、支所や出張所になったことで、職員がごく少数の窓口業務が主体となり、地域の実情がわからず、災害対応が遅れたり、有効な判断が現場でできなくなったりした。
―「平成の大合併」に巻き込まれず、活性化に成功した自治体はありますか。
いくつもある。早くから自治体と住民が協同で地域づくりに取り組み、人口を維持、増加させてきたところだ。
たとえば、宮崎県の綾町。前田穰町長(全国小さくても輝く自治体フォーラム会長)が先頭に立って人口定住対策に取り組んできた。「地域の経済2014」(内閣府)の中でも、2010〜2013年の間に人口が増加した地域として紹介されている。
綾町は、戦後ダム建設が終了して以降、人口が減り始め、一時期は「夜逃げのまち」と言われた。だが1970年頃から、自治体と住民が一緒になって、日本でいち早く有機農業を推進。東京と福岡の生協との連携ができたことで軌道に乗った。さらに宮崎の著名な蔵元である雲海酒造が、清浄な水と土に注目して立地、テーマパーク「酒泉の杜」を造った。さらに芸術家の移住がなされ、スポーツ合宿で賑わう町になっている。昨年のふるさと納税は、8億円を超し、全国4位になっている。
同じ宮崎県の西米良村も、1994年時点の厚生省の将来人口推計では2010年に750人程度まで減るとされていた。実際には、2015年2月時点の人口は1230人だ。西米良村の取り組みの主軸は、1998年に全国に先駆けて始めた「ワーキングホリデー制度」だ。村の農家が若者を受け入れ、農業体験をしてもらう。
これまでに約400人がワーキングホリデー制度を利用し、中には西米良村に定着する人も出てきた。黒木定蔵村長は常々、「村づくりの目標は人口増加ではなく今住んでいる人たちの幸福度を上げること。結果として人口が増えるのは歓迎だ」と話している。
人口減をもたらす最大の要因は少子化
―小規模な自治体だからといって、東京への人口移動が自然に進み、自然に人が減っていくわけではないということですね。
自治体と住民が力を合わせ、地域内で再投資できる仕組みを作れば、仕事と所得が生まれて地域は活性化する。こうした地域で、人口がどんどん減っていくということはない。
増田レポートの弱さは、人口減少要因の分析が甘いことにある。
人口減をもたらす最大の要因は少子化だ。少子化の大きな要因のひとつが、非正規雇用の増加である。「ワーキングプア(正社員並みの労働をしても生活維持が困難なほどしか収入を得られない層)」という言葉は、第一次安倍内閣時代に生まれた。
2010年の内閣府調査によれば、非正規雇用の20〜30代男性の既婚率は6%に満たない。非正規雇用は、量的には地方というより東京・大阪など大都市圏の問題であり、ここにメスを入れずして少子化問題は乗り越えられない。少子化を解決するには、「地方創生」ではなく、若い人たちを中心とした「都市再生」こそが必要だ。
また、製造業をはじめとする地域経済の衰退は、大企業の海外シフトが契機となった。ここに「平成の大合併」が加わったことで、浜松市の例のように、中核都市の周辺部でも人口減少が加速した。
このような従来型の構造改革政策や国土政策、市町村合併についての根本的なレビュー(振り返り)が必要なのだが、これもなされていない。
―地方創生策の限界はどこにあるのでしょうか。
政策の中心が、「外部からの企業や人の誘致」と「選択と集中」にあることだ。東京に本社を置く、一部のグローバル企業にとってのみメリットがある。
「地方創生」は、規制緩和によって、新たな経済主体がビジネスチャンスを拡大することを意味しており、決して、地域経済を現に担っている既存の中小企業や農家、協同組合の投資力を高めるところに焦点を置いてはいない。だからこそ、「再生」という言葉を使わずに、ゼロからの出発を意味する「創生」という言葉をあえて使っている。
自治体と住民とでの問題意識の共有が重要
しかし、地域からの視点からみると、たとえば一時的に域外から企業が進出して売り上げが増えたとしても、その所得が域外に流出したり、撤退したりすると、地域経済の持続的発展は失われてしまう。何よりも、地域の住民の所得や生活の向上に結び付く可能性は低い。
地域を持続的に発展させるには、自治体と住民が問題意識を共有し、協同して、地域内で再投資できる仕組みを作らなければ。
カギとなるのは、地域に根差し、地域経済の圧倒的部分を担う中小企業群であり、農家や協同組合だ。外から企業を誘致するにしても、地域内から商品やサービス、雇用を調達してもらうことが重要だ。
国がトップダウン的に進める「地方創生」ではなく、地方自治体が地域の住民や企業ととともに自らの自治体の目標を掲げ、それに向けた取り組みを国が黒子役としてサポートするボトムアップ型の「地域再生」こそ、大都市でも農村でも求められていると言える。

▲ このページの先頭にもどる

トップページに戻る
以前の活動日誌はこちらからご覧いただけます
RSSフィード(更新情報)