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【17.09.12】 「日経」を除いて、各紙も「読売」に続いて桐生の10秒突破を社説で評価(9月12日)

中日 桐生選手 9秒98、心の壁 破った

 陸上男子の桐生祥秀選手(21)が100メートルで日本人で初めて10秒の壁を破る9秒98を記録した。9秒台への重圧を乗り越えたことは、日本の短距離界にとっても大きな意味を持つ。
陸上100メートルで9秒台がどれほど大きなものか。それは昨年のリオデジャネイロ五輪でも分かる。決勝に進出した八選手が持つ自己ベストは9秒58のボルト選手(ジャマイカ)を筆頭に全員が9秒台だった。10秒の壁を乗り越えることが、五輪の決勝の舞台に進む最低条件ということになる。
100メートルを9秒台で走ることは、日本では果てしなき夢だった。
速く走るために必要なのはスタートはもちろんのこと、一歩の歩幅(ストライド)を大きくし、足の回転(ピッチ)を速くすることが求められる。ストライドに関しては体格にも左右され、日本は海外の大型選手には太刀打ちできないと長く言われてきた。
そんな日本にとって追い風となったのは科学技術の進化だろう。センサーや高感度カメラ、コンピューターグラフィックなどを駆使して選手個々の走りを分析し、特性に合わせてベストなスタート時の前傾角度、体重のかけ方などを割り出し、それに合わせた効果的な練習を組み合わせた。
得意のハイテク分野で選手の技術、体力は世界のトップレベルに近づき、ここ数年は9秒台が時間の問題といわれてきた。それでも乗り越えるのが難しかったとされるのは精神面だった。10秒を切りたいという思いが平常心を失わせ、体のバランスがわずかに崩れただけでも9秒台から遠のいた。
桐生選手が記録した9秒98は、心の壁を破ったというだけでも大きな価値を持つ。これからの選手は「日本人初の9秒台」という数字に振り回されることなく、身近に存在する桐生選手に追い付き、追い越せという新たなモチベーション(動機づけ)を持つことになる。強力な選手の存在が競技全体のレベルを引き上げていくことは、あらゆるスポーツの世界で実証されていることだ。
今後は桐生選手とともに10秒の壁と戦ってきた自己ベスト10秒03の山県選手、10秒05のサニブラウン選手らが次々と9秒台を出すことは十分に考えられる。桐生選手が感慨を込めた言葉「やっと世界のスタートラインに立てた」は、日本の陸上短距離界にとっても同じ。2020年東京五輪に向け、このうえない弾みがついた。

朝日 桐生9秒98 努力と研究が開く地平

上下動のないフォームと高性能エンジンを連想させる爆発的な足の運び――。
陸上男子100メートルの桐生祥秀選手が9秒98の日本新記録を出した。日本のスプリンターの前に立ちはだかってきた「10秒の壁」がついに破られた。
人類が初めて電気計時で9秒台を記録したのは1968年。米国のジム・ハインズがメキシコ五輪で9秒95をマークした。10秒を切ることは、日本の短距離界にとって、半世紀にわたる目標だった。
1998年のバンコク・アジア大会で10秒00まで肉薄した伊東浩司をはじめ、多くの一流選手がこの壁に挑んだが、はね返されてきた。レース後、桐生本人はもちろん、多くの人が喜びを爆発させたのも当然だろう。
見た目のシンプルさとは裏腹に、競技は繊細かつ複雑だ。
スタート直後にトップスピードとなって、長く持続させる。それが極意だ。だが難しい。
歩幅を狭くして足の回転数をあげれば、最高速に早く達するが、伸びは悪く失速も早い。逆に歩幅を広げれば、ギアがトップに入るのに時間がかかり、序盤の遅れを取り戻す前に、レースが終わってしまう。わずか100メートル、10秒の間に、マラソンにも負けないドラマがある。
新記録の背景には、練習によってその精緻なバランスを極めた桐生の努力がうかがえる。
別の観点からも今回のタイムは高く評価できる。これまでに9秒台で走ったのは120人あまり。そのほとんどはアフリカにルーツを持つ選手だ。
日本の選手とは、身長や体重の体格差に加え、骨格や筋肉の付き方の違いがあると指摘する研究もある。日本陸連は1990年代から科学的な研究に取り組み、欧米の走法や練習方法も参考にしながら、選手に合わせた育成方法を進めてきた。その成果が実り、日本歴代10傑では桐生に続く全員が10秒0台の記録を持つ。10傑の8人を現役が占め、うち6人は去年から今年にかけて自己記録を更新している。
選手層の厚みは、国際大会でメダル獲得が続くリレー種目での活躍からも明らかだ。
今季で引退したジャマイカのウサイン・ボルトの世界記録9秒58にはまだ差はあるが、世界と戦う出発点に立ったといっていいだろう。五輪や世界選手権での決勝進出、ファイナリストの誕生も決して夢ではない。
正しい方法であきらめることなく挑戦を続ければ、新しい地平が開ける。日本のアスリートが秘める可能性を、改めて教えてくれた新記録でもある。

毎日 桐生選手が100メートル9秒98 20年越しの壁突破を祝う

桐生祥秀選手の快挙を祝いたい。陸上男子100メートルで、日本勢として初めて10秒を切る9秒98の日本新記録を樹立した。
これまでの日本記録は1998年に伊東浩司選手が出した10秒00だ。「10秒の壁」を越えるのに実に19年の歳月を要した。
世界で初めて10秒を切ったのは1968年のジム・ハインズ選手(米国)で、9秒95がその記録だ。日本より半世紀近くも早い。それほど世界と日本には距離があった。
短距離走はアフリカ系の選手に優位性があるといわれる。過去9秒台を記録した約120人を見ても、アフリカ系以外は数人しかいない。これだけ人種、民族性が競技力に直結する種目も多くはないだろう。
桐生選手は176センチ、70キロと体格では外国勢に劣る。しかし、9秒58の世界記録保持者、ウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)を上回る最大5歩のピッチ(1秒当たりの歩数)と、トップ選手よりも強い踏み込みの力で記録を伸ばした。
陸上短距離の100メートルは、いかに他者より速く走るかという人間の最も基礎的な能力を争うスポーツだ。そして、その運動能力の限界に挑む姿が人々に感動を与えてきた。
桐生選手は京都・洛南高3年の2013年春に日本歴代2位となる10秒01をマークした。東洋大進学後、けがに苦しみ、記録も伸び悩んだ。「重圧に弱い」とも言われた。大記録はくじけず精進を続けた結果だ。
国内のライバルの存在も大きい。山県亮太、ケンブリッジ飛鳥の両選手に加えて、今季はサニブラウン・ハキーム、多田修平の両選手も大きく成長した。
日本短距離界は群雄割拠の時代に入り、誰が最初に9秒台を出しても不思議ではなかった。
世界記録の9秒58と9秒98とでは約4メートルの開きが出る。しかし、9秒98はリオデジャネイロ五輪では7位に、今夏の世界選手権では4位に相当する記録でもある。
過去の五輪で男子100メートル決勝に進んだ日本勢は、「暁の超特急」と呼ばれ、32年ロサンゼルス大会で6位入賞した吉岡隆徳選手一人だ。
東京五輪では日本選手が「ファイナリスト(決勝進出者)」としてレーンに並ぶ姿を期待したい。

産経 桐生の9秒98 東京五輪への号砲となれ 

日本学生対校選手権の男子100メートル決勝で日本新記録の9秒98をマークし、電光掲示板の前で笑顔を見せる桐生 =福井県営陸上競技場(写真略)

陸上の男子100メートルで桐生祥秀が日本選手として初めて10秒の壁を破る9秒98を記録した。
日本陸上界の悲願だった。大会の大小を問わず運動会の花形は「駆けっこ」である。3年後の東京五輪に向けて、大いに気持ちを高揚させてくれる快挙でもある。
しかも21歳の桐生にとっては通過点であり、国内には彼に続く逸材が複数控えている。孤高の富士山型ではなく、群雄割拠の八ケ岳型へ。日本陸上の短距離界は充実のときを迎えている。
今年、桐生以外にも飯塚翔太、ケンブリッジ飛鳥、サニブラウン・ハキーム、多田修平が10秒0台を記録した。昨年は山県亮太も10秒03で走った。彼らの切磋琢磨が好結果を生む。桐生が日本記録を出したレースでも、先行する多田を追って9秒台が実現した。
一度破られた壁は、往々にして後続にはやさしく扉を開く。9秒台の4人がバトンを受け渡す4×100メートルリレーが実現すれば、リオデジャネイロ五輪の銀メダルや先のロンドン世界陸上の銅メダルで称賛されたバトンパスの技術とともに、世界の頂点に立つことだって夢ではない。
桐生は京都・洛南高校3年だった4年前に10秒01を記録して注目されたが、その後は足踏みが続いた。この間に続々と好敵手が現れ、6月の日本選手権では4位となり、世界陸上の個人種目での出場を逃した。そうした悔しさもバネになったのだろう。次は多田らが桐生を追う番である。
9秒台はまた、五輪100メートルで決勝に進出する目安のタイムでもある。コンスタントに9秒台で走る地力がつけば、1932年ロサンゼルス五輪で6位入賞した「暁の超特急」吉岡隆徳以来の決勝進出も実現に近づく。
吉岡は1935年に当時の世界タイ、10秒3を記録したが、このとき、複数の審判員の時計は10秒2で止まっていた。「小柄な日本人が世界新で走ったと、世界は信用してくれるだろうか」とタイ記録にとどめたのだという伝説がある。
桐生の9秒台は、日本選手が堂々と世界の舞台で渡り合えるのだという証明ともなろう。
桐生は、「やっと世界と戦うスタートラインに立った」とも話している。彼に続く多くの選手が同じスタートラインに立って東京五輪の号砲を待つことになれば、これは理想的である。

読売(再掲、9月10日) 桐生9秒98 壁を破った快走を称えたい

日本のスポーツ史に残る快挙である。
陸上の男子100メートルで桐生祥秀選手が、日本人として初めて10秒を切る9秒98を記録した。高い壁を破った走りを称(たた)えたい。
新記録は、福井市で開かれた日本学生対校選手権で生まれた。持ち味の中盤からの加速が際立つ快走でゴールを駆け抜けた。
これまでの日本記録は、伊東浩司選手が1998年に出した10秒00だった。それから19年を経ての悲願達成である。日本の陸上界は、新たな時代に入ったと言える。
桐生選手は2013年4月に10秒01をマークし、9秒台は時間の問題だと期待されてきた。
だが、何度もはね返された。一日でも早く9秒台を出さねばならない、という重圧があったのだろう。「やっと4年間くすぶっていた自己ベストを更新できた」との言葉には感慨がこもっていた。
足踏みを続ける間に、ライバルが台頭した。山県亮太、ケンブリッジ飛鳥、サニブラウン・ハキーム、多田修平選手らだ。
6月の日本選手権で4位に敗れ、世界選手権では100メートルの出場権を逃す屈辱を味わった。
悔しさをバネに、自分が日本人で最初に10秒を切る、との強い思いが、今回の新記録につながったに違いない。しのぎを削る好敵手の存在がいかに大切か。そのことを実感させられる。
人類が100メートルで9秒台に突入したのは、1968年だ。メキシコ五輪で、米国のジム・ハインズ選手が9秒95をたたき出した。
以来、カール・ルイス選手ら、歴史に名を刻むランナーが、記録を伸ばしてきた。現在の世界記録は、ジャマイカのウサイン・ボルト選手が2009年の世界選手権でマークした9秒58だ。
9秒台を出した顔ぶれを見ても、米国とジャマイカの選手が多数を占める。そこに日本人選手が割って入った意義は大きい。桐生選手は「世界のスタートラインに立てた」と語った。
9秒98は、昨年のリオデジャネイロ五輪100メートル決勝で、7位に相当する。20年東京五輪での決勝進出も、夢ではあるまい。9秒台をコンスタントに出せるよう、地力の向上が求められる。
他の選手への相乗効果も期待できる。桐生選手に負けまいと、ライバルが奮起する。それが日本短距離界の底上げにつながる。
400メートルリレーで、日本はリオ五輪で銀、先の世界選手権で銅メダルを獲得した。東京五輪での桐生選手らの活躍が楽しみだ。

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