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【17.02.16】 14日、文科省が学習指導要領改定案―前文に「国を愛する態度」―「しんぶん赤旗」から

3月15日までパブコメ

文部科学省は14日、小中学校の「学習指導要領」と幼稚園「教育要領」の改定案を公表しました。「第1章総則」の前に「前文」を新設、改悪教育基本法第2条を明記し「国を愛する態度」など20項目の徳目を掲げます。子どもたちに求められる「資質・能力」を国として定め、その育成のための指導方法、学習評価のあり方まで細かく示し、いっそう教育現場を縛るものとなっています。
幼稚園「教育要領」でも「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を明示しました。「我が国の国歌に親しむ」が新たに加わりました。
「学習指導要領」はおおよそ10年ごとに改定されており、改定案は、昨年12月の中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)「答申」を受けてのもの。前回改定は、2006年12月の教育基本法改悪後の2008年です。
改定案は「資質・能力」について(1)知識・技能(2)思考力・判断力・表現力等(3)学びに向かう力・人間性等―の三つに整理。すべての教科等の冒頭に、三つの柱に即して「資質・能力」の育成の目標を示します。
「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」を強調。その方向を細かく規定したうえで、各学校に「カリキュラム・マネジメント」(教育課程の編成、実施、改善)を迫ります。
「特別の教科 道徳」は先行して2015年3月改定され、2018年度から小学校で、2019年度から中学校で全面実施。検定教科書を使い、数値化はしないものの記述による「評価」が行われます。
文科省は3月15日まで意見募集(パブコメ)を行い、年度内に改定「学習指導要領」を官報告示。小学校2020年度から、中学校2021年度から全面実施するとしています。

各紙が社説でコメント(15日)

1、朝日 学習指導要領 現場の創意を大切に
小中学校の学習指導要領の改訂案を文部科学省が公表した。
2030年ごろまでの学校教育の基準を定めるものだ。小学校は20年度から、中学校は21年度から、順次実施される。
知識を教え込むのではなく、子どもがみずから問いを立て、多面的・多角的に考え、問題を解決する力を育てる。
改訂案がめざす、この方向自体に異論はない。
しかし、「質」も「量」も追求するという欲張りな方針のもと、あまりに多くの事柄が盛りこまれてはいないか。
子どもが主役になり、他者との対話を通じて教科の本質を学ぶようにする。小学校は高学年で英語を教科と位置づけ、成績評価の対象とする。プログラミング教育を必修にする――。
現行カリキュラムからすると極めて挑戦的な内容である。
多くの公立学校の先生は、貧困と格差の現実に向き合い、学ぶ環境に恵まれない子たちに基礎学力をつけさせることで一生懸命だ。時間割も既にいっぱいになっている。新たなテーマをどこまでこなせるだろうか。
文科省は「カリキュラム・マネジメント」と称して教育課程の工夫を学校に求めるが、人手も時間も限られるなか、それだけで解決するわけではない。
改訂案のもう一つの特徴は、「どんな力を育てたいか」の目標を全教科で具体的に掲げたことだ。全体の記述量は今の1・5倍に増え、一部ではどんな場面でどんな学習活動を用意するかにまで言及している。
各地の学校はベテランが次々と退職し、若手が増えている。経験の浅い先生に指導要領の狙いを伝えるのに、丁寧な記述が必要なことは理解できる。
だが、指導要領に書いてあることに従っていれば間違いない、下手に独自の教え方をしてにらまれたくないといった考えが広まれば、授業は金太郎アメのようになり、教室から生気が失われることになりかねない。
それは改訂の本来の趣旨と相いれない。教えるプロとしての先生の力も育つまい。
学校は一つひとつ抱える問題が違い、子どもたちの状況も異なる。それぞれの実態にあわせて教える重点を絞り、指導方法も工夫できるよう、文科省と各地の教育委員会は現場の自主性を最大限尊重すべきだ。
先生の創意工夫を引き出せなければ、指導要領の文字面をいくら整えたところで実はあがらない。先生一人ひとりに、新たな発想を生み出す時間の余裕と研修の機会を保障するのは、教育行政の責務である。

2、読売 指導要領改定案 主体的に学ぶ授業への転換を
授業の質を高めて、社会の変化に柔軟に対応できる学力を育むことが大切である。
文部科学省が、2020年度から順次実施する小中学校の学習指導要領案を公表した。来月告示する。
改定は、ほぼ10年に1回だ。今回は、「脱ゆとり教育」を打ち出した前回改定の学習内容を維持している。その上で、「どのように学ぶか」「どんな資質・能力が身に付くか」にまで踏み込み、各教科の指導上の目標を記述した。
思考力や判断力の育成を目指す方向性は理解できる。
中央教育審議会は、議論や発表を重視する「アクティブ・ラーニング(能動的学習)」の導入を提言していた。今回の改定案では、定義が多様で混乱を招くとして、この言葉の使用を見送った。
改革の趣旨が不明確になった感は否めないものの、知識偏重型の授業からの転換は必要だ。文科省は具体的な授業のイメージを示すなどして、地域の実情に合った指導の改善を支援すべきだ。
英語教育の強化が、改定案の柱である。ゲームや歌で英語に親しむ「外国語活動」の開始を小学5年生から3年生に引き下げ、高学年では教科化して文法を学ぶ。中学では実践的な会話力を養う。
現在の外国語活動の指導は、学級担任が担っている。18年度からの移行期間を前に、外国語指導助手(ALT)や中高の免許を持つ教員らを手厚く配置し、授業の質を高めることが欠かせない。
英語の授業時間をどう確保するかも、課題となる。前回改定で全体の授業時間数は増えており、今の時間割は満杯の状態だ。
文科省は土曜日や長期休みの活用を推奨し、現場の判断に委ねた。45分の授業を3分割し、朝の15分を充てる案なども示したが、会話力の育成には、まとまった時間を確保すべきだとの指摘もある。
改定案は、読解力の向上にも重点を置いている。
小学校の国語には、新聞や本を活用し、調べたことを報告する活動が盛り込まれた。中学校でも、新聞などから集めた情報を基に、自分の考えをまとめたり、提案したりする授業が推奨された。
小中の社会では、竹島、尖閣諸島を「我が国の固有の領土」と明記し、重要性を強調した。
いずれも必要な内容だ。
授業の質を高めながら、これだけの学習量をこなすことが可能なのか。教員の事務作業や部活動の負担軽減も含めた学校現場の体制整備を急がねばならない。

3、毎日 新学習指導要領 がんじがらめは避けよ
「質」を向上させ、かつ「量」も減らさない。文部科学省が提示した小中学校の次期学習指導要領改定案は、この難題に挑む。
小学校の英語教科化、プログラミング必修化、中学の英語の授業は原則英語で行うなど、急進するグローバル化時代や、情報通信技術(ICT)への対応だ。
昨年公表された国際テストで日本は「読解力」が落ちた。その強化に力を入れる。国語だけでなく、全教科を通じて言語活動を豊かにし、「主体的・対話的で深い学び」を求めるという。探究型学習だ。
例えば、小中学校の国語と社会では「新聞の活用」を挙げ、多様な読み取りのほか、記事の比較、意見発表や討論などをする。
「主体的・対話的で深い学び」とは、近年文科省が教育改革、授業改善の理念に唱えている「アクティブ・ラーニング」のことだ。この言葉が今回の改定案にない。文科省は「法令上の文書にはまだ使いにくくて」と言うが、この理念と手法がまだ学校現場に浸透していないことを象徴しているようにも思える。
実際、学校現場の受け入れ態勢に不安は尽きない。
例えば、既に時間割が目いっぱいの小学校で、どう英語の授業を上乗せするか。文科省は土曜日や夏休みの活用、15分の短時間授業の導入などを挙げる。教員や子供に過重な負担にならないか。
教科として英語を教えるには、中学英語の免許も併有する小学校教員が担当することなどが考えられるが、文科省によると、2015年度調査でそうした併有小学校教員は5%に満たない。研修や教員養成課程を改めるなどして小学校での英語指導人材を確保するという。
ほぼ10年おきに改定される学習指導要領は、時代状況や価値観を映してきた。1960年代後半には「教育内容の現代化」を唱え、70年代後半には知識詰め込みの反省から「ゆとりある学習」に腐心した。80年代末以降は「社会の変化に対応する力」「教育内容をスリム化し『生きる力』の育成」となり、「ゆとり教育」が実施された。
00年代に入り、学力低下批判が高まり、学習内容を増加。そして今回、20年度に小学校から順次実施される次期指導要領は「新時代に向かい、詰め込みかゆとりかといった二項対立を超える」とうたう。
今後、授業改善の例も多く示すというが、学校現場がかえってそれにがんじがらめにされないか。
個別の子供にふさわしい指導や機微、成長は現場が最も知る。一律の締めつけや無理を強いるものにならぬようにするのが肝要だ。

4、日経 二兎を追う授業改革は可能か 
学習の量は維持しつつ、授業の質を高める――。文部科学省がきのう公表した小中学校の新しい学習指導要領案は、まさに「二兎(にと)を追う」内容である。中央教育審議会でのこれまでの議論に沿った改訂案だが、学校現場がこれを十分に消化できるのか、疑問が拭えない。
改訂案は、従来のように教員が「何を教えるか」だけでなく、子どもたちが「どう学ぶか」に視野を広げた。「主体的・対話的で深い学び」の実現を掲げ、そのための授業の改善や学習の過程重視を打ち出している。
単なる知識の習得よりも、自分の頭でものを考える力を育てることに重きを置いた指針といえよう。体験活動や討論型の授業の充実を期待しており、こうした方向性自体は妥当である。
とはいえ、定められた学習の量は現行指導要領と同じだから、現場の不安は大きい。意欲的な教員が授業を深掘りすればするほど、知識伝授とのバランスに苦慮することになろう。文科省は「質と量の両立を図る」とひとくちに言うが、容易な話ではない。教員の処遇改善策も立ち遅れている。
各地の実践例を豊富に示すことで、教員が多様な試みを共有できるようにすると文科省は言う。学校や地域がこれを参考に新たな取り組みを実現できればいいが、マニュアル化して「深い学び」の画一化を招く心配も大きい。
こんどの改訂案の理念がきちんと具体化するなら、学校教育の姿が変わる可能性がある。いたずらに二兎を追うのでなく、指導要領の運用を弾力化し、現場に「量」よりも「質」を優先する裁量を与えられないものだろうか。文科省はそこには踏み込まず、現場をなだめるのに躍起なようだ。
背景には、かつての「ゆとり教育」批判のような混乱を避けたいという思いもあろう。「ゆとり」と詰め込みの二項対立を繰り返すべきではないが、摩擦を恐れるあまり、せっかくの「深い学び」をなおざりにしてはなるまい。

5、産経 次期指導要領 日本の良さ学べる授業に 
小中学校の教育課程の基準となる学習指導要領の改定案が公表された。日本の領土など国への理解を深める学習の充実が図られたことを評価する。実際の指導に生かしてもらいたい。
現行の中学指導要領にある北方領土に加え、竹島と尖閣諸島についても小中ともに「我が国固有の領土」と初めて明記した。
小学校の社会科では5年生で学ぶ。中学校では地理のほか、歴史や公民分野で、領土の歴史なども扱う。尖閣諸島には領有権の問題がないことも書かれた。
望ましい変化ではあるが、これまで「固有の領土」と明記されていなかったことの方がおかしい。自国の領土や歴史について正しく記述することと、外交的な配慮は関係ない。
教育について、他国におもねることの方が問題だった。
竹島、尖閣は中学指導要領の解説書には盛り込まれており現行の教科書にも登場しているが、教科書によって記述の差があった。
授業で竹島について、「韓国が領有権を主張している」などと韓国側の言い分を強調する例もあった。歴史的な経緯を理解せず、「教え方が分からない」といった教員がいるのも嘆かわしい。
竹島は、歴史的にも法的にも、まぎれもない日本固有の領土である。韓国に不法占拠されていると、しっかり教えるべきだ。竹島がある島根県では、歴史や自然について詳しい副教材を活用している。参考にしたい。
北方領土や竹島、尖閣の地図を示し、国境線を尋ねた日本青年会議所の調査では大人も正解が少なかった。領土について国民の関心が低くては国益に関わる。
次期指導要領は、東京五輪が行われる2020年以降、約10年を見通し、次代を担うのに必要な能力を考えたものだ。
国際化の中で、自分の言葉で発信できる人材育成のためにも、日本の国土をはじめ、歴史や文化について子供のころから学ぶ意義は大きい。
幼稚園で国歌に親しむ活動も盛り込まれた。海外に出て、国歌も知らないのは恥ずかしい。
年齢や発達段階に応じ、自国について誇りを持って学び、さらに深く勉強したくなる指導を工夫したい。国旗や国歌に背を向け、日本をことさら悪く教える先生は退場を願いたい。

6、中日 新学習指導要領 量と質、二兎を追えるか
 学びの量と質。その二兎(にと)を追うという。文部科学省が公表した小中学校の次期学習指導要領の改定案だ。高度な理念にはうなずけるが、先生の裁量を狭め、創意工夫の余地を奪うようでは困る。
昨年12月の中央教育審議会答申に基づき、文科省が改定案づくりを進めていた。新指導要領は2020年度から順次実施される。
学校が編成するカリキュラムの基準となる。現行要領までは、学ぶべき知識や技能を中心に定めてきた。それを転換して、身につけるべき資質や能力に主眼を置いた構造に見直す。
何を学ぶかに加え、何ができるようになるかという到達目標をより明確にし、自ら学びに向かう力や態度を養うという。「個性重視の原則」を打ち出した1980年代の臨時教育審議会答申の集大成と評価する向きもある。
知識の詰め込みか、ゆとりかと教育論争を繰り広げる間に、人工知能が人間に取って代わる社会が到来した。インターネットは大量の知識を蓄えている。もはや「知っている」だけでは、人生を切り開くのは難しいかもしれない。
いわば教科書のない世界とどう向き合うか。問われるのは、多面的に見たり、柔軟に考えたりできる力、豊かな感性だろう。それを言葉で伝える表現力も大切だ。
そうした力や態度を育てるために、新指導要領案は「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を求める。世間で「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる能動的な学び方を意味する。
例えば、集団で調べたり、討論したりして結果を発表する。子どもの参加意識を高め、やる気を引き出すのに効果的という。
日本の子どもは、自尊心が低く、受動的とよくいわれる。教育風土や学校文化が影響しているなら、その改善にも結びつけたい。
心配なのは、先生の多忙を解消できるかだ。事務を削り、部活動の縛りを緩めなくては、授業の準備や研究に専念できない。ただでさえ、授業時間が満杯なのに、英語やプログラミング教育などを押し込んで消化できるか。
教え方や評価の仕方まで細かく押しつけては、子ども不在の形式ばかりの授業が広がりかねない。現場の積み重ねを尊重し、先生にも学ぶ時間を与えたい。
小中学校の教育理念を高校へつなげ、その成果を問うための大学入試へ、と改革が同時に進んでいる。旗を振る文科省は財政面、人材面でしっかりと支えるべきだ。

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